地域ボランティア

2009年8月10日 (月)

041 名山勝水(駿河)

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・土地改良事業に携わり2年目、静岡への視察・研修旅行に参加した。

(大井川水系の先進的な水利事業)

・大井川は、南アルプスを源流とする日本を代表する大河、ご存じの通り。

 →昔、‘箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川’と称された東海道の難所。

・‘いのちの水 -大井川用水- をまもる’がTheme、戦後の事業について農林水産省関東農政局責任者UTD氏より説明を受けた。

 →主な事業は、①‘食糧・農業対策’、②‘電力対策’、③‘工業対策’、④‘生活・災害対策’。 現在も、総合開発事業として国・県・市の重要なTheme、鋭意推進中

 ①農林省による‘国営大井川農業水利事業’1947-68年。

 ②多目的ダムによる洪水調節‘大井川水系工事実施基本計画’1974年。

 ③農林水産省・静岡県共同による‘国営大井川用水農業水利事業’1999年。

 ④東海地震、東南海・南海地震防災対策を主とする‘大井川水系河川整備計画’現在策定中。

・視察・研修旅行、名所旧跡の視察(観光)も定番?

 ①三島大社

  →総称 : 権大山祇神・事代主神の二神を主祭神とし‘三島大明神’と総称、二千余年の歴史。

  →名所 : 三島大社のキンモクセイは天然記念物・樹齢千年、境内の池には甲羅干しの亀とすっぽん、欄干には可愛い鳩が歓迎。

  →碑  : ‘どむみりとあふちや雨の花曇’(芭蕉句碑1694)

        ‘源頼朝旗揚げの碑’(戦勝祈願碑1180)

        ‘のずゑなる三島の町あげ花火月夜の空に散りて消えなり’(若山牧水歌碑)

 ②久能山東照宮(境内6.5万㎡、海抜270m)

  →社殿 : 権現造り・総漆塗り・極彩色で日光東照宮より19年前(1617年)に建造。

  →技法 : 彫刻・模様・組物は桃山時代の技法、江戸時代代表的な建物(明治45年国宝指定)。

  →参道 : 表参道の石段1159段、駿河湾を望みながら筆者はロープウェイで昇る。

  →遺訓 : ‘人はただ身の程を知れ草の葉の露も重きは落つるものかな’(家康) 

 ③土肥・清水港フェリー(70分のクルーズ)

  →航海 : 前夜の愉しい宴会、出発と到着の極小時間のみクルーズを楽しみ、後は記憶にない?

 ④宿泊・食事・土産 

  →文化 : 土肥温泉の名門旅館・山○館での宿泊、清水すし横丁での寿司、名物わさび漬け工場、焼津のさかなセンターなど静岡の文化・名産に触れた。 特に、土肥温泉での美味しい食事・素晴らしい温泉、そして忘れられない・・・愉しい宴会。 

 ‘千貫樋(センガンピ)及西見付址’ 

  →利水 : 三島に近い境川(伊豆と駿河の国境)の水道橋、北条氏康が築いた。 豊富な伊豆小浜地の水を隣国・駿河の灌漑用水として送った水道橋、‘千貫樋及西見付址’碑として残っている、まさに千貫の価値。

☆ 伊勢長島は、揖斐・長良・木曽三川と‘良き友’であるが‘水との戦い’も長い歴史を持つ。 総合開発を目的とした‘長良川河口堰’、社会問題にもなったが周辺地域は防災対策面での恩恵が大きい。 一方、静岡では、①山内一豊による‘一豊堤’ ②境川の‘千貫樋及西見付址’など素晴らしい遺産が多い。 この様にそれぞれの地域で、先人による地道な灌漑・土地改良が現在の発展に繋がっていると言える。 こうした歴史を踏まえバトンを繋いでいく重要性を肝に銘じなくてはならない。 加えて、本旅行での一期一会、新たな人との‘心のふれあい’も・・・大切にしたい (2009.07.10-11 土地改良事業・静岡視察研修旅行)。

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2009年7月20日 (月)

039 魂揺れる感動(大谷るみ子)

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☆ 心洗われる=介護はファンタジー・大谷るみ子

・時間に流されがちな昨今、魂揺れる感動を呼び戻された。

(介護のファンタジスタ・大谷るみ子)

・NHK プロフェッショナル仕事の流儀(2008.11.18放送・2009.3.3再放送)を見た。

・日本は、‘超’スピードで高齢化が進んでいる、健康での長寿は‘大’歓迎。

・残念ながら闘病者は決して少なくない、中でも認知症で苦しんでいる患者は二百万人と言われる、家族など関わっている数は七百万人を超える。 それぞれ、名古屋市と愛知県の人口に匹敵する膨大な数、従って、大変な病気であるが特別な病気ではない。 誰もが、何時発症してもおかしくない。

・この病気の患者と対峙する認知症ケア第一人者・大谷るみ子の仕事の流儀がTheme。

・番組を進めるMC‘脳科学者・茂木健一郎’は、放送日、直後にブログ‘クオリア日記’へ番組内容のエッセンスをUPしている。 内容は‘クオリア日記’に委ねたい。

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2008/11/index.html

・以下は、‘クオリア日記’(2008.11.18付)のコメント欄に、筆者が投稿した内容。

介護は、ファンタジーという、~認知症介護・大谷るみ子~を見た。
人は皆、人生のリュックサックを担いでいる、その中身が分からなければ、その人をサポートできないという。
中身を共有することから、介護が始まる。
所謂、相手の世界にお邪魔するのだそうだ、じっくり向き合えば、見えない心が見えてくるらしい。
全てのことをやってあげる事は決して親切ではない、できることは本人にやってもらう、できないことのみ手伝ってあげる・・・という事が重要と説く。
このことは決して介護だけではなく、人との関わりにおいて、普遍的な考えだとも思う。
(2008.11.18 10:00-45 夢・宗竹斉)

(筆者の共感者現る)  ブログ‘はみだしオヤジの起業・夢追いセレナーデ’の中で、筆者のコメントを採用しておられる(2009.3.12付)、 認知症にも造詣が深い方だと読んだ、共感して頂いて嬉しい限り。

http://ameblo.jp/asongotoh/entry-10222697124.html  

 (大谷るみ子のプロフィール)  社会福祉法人東翔会グループふぁみりえホーム長、大牟田市認知症ケア研究会代表、福岡県高齢者グループホーム協議会会長など。

☆ 福祉先進国デンマークには、‘認知症介護にユーモアとファンタジーを’という合言葉があると知った。 認知症になって暴れるなどの問題行動、何か動機があって、それを自分で何とか解決しようと思っての行動の表れ、発症までのその人が持っていた'心’はそのまま残っているとされる。 この事を肝に命じなければならない (2009.07.20  ‘介護は、ファンタジーという、~認知症介護・大谷るみ子~’にて学び・感動)。 

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2008年11月 1日 (土)

018 名誉市民とのお別れ

Cimg2586 Cimg2530_2 Cimg2580_2 ☆ 地方行政に命を掛けた巨星

・‘桑名市名誉市民(元NGSM町長)ITSH氏 お別れの会’に参列した。

・本blogで取り上げたのは、氏の生前、筆者と父二代に亘り公私ともお世話になり、思い出を表現しておきたかったのが理由。

・氏は、地方行政一筋に全精力を傾注され、地元住民から絶大な支持を受けた。

(要職歴任)

 ①昭和21年 ・・・ 伊曽島村役場(現桑名市)に奉職。

 ②昭和54年まで ・・・ 税務・土木・水道・総務のtopを歴任後、助役。

 ③昭和54年~平成11年(5期20年) ・・・ 町長。

    (兼、土地開発公社理事長、土地改良区理事長、福祉協議会理事長など多数)

(受賞歴)

 ①昭和26年~平成11年 ・・・ 自治功労者表彰、河川功労者表彰、水資源功労者表彰、名誉町長、名誉市民など多数、受賞。

 ②平成12年 ・・・ 勲四等瑞宝章受章。

 ③平成20年 ・・・ 従五位受章。

(ご家族との思い出)

 ・青年時代の氏は、戦争時代を過ごされ、飛行機に関心をいだき零戦パイロットとして活躍、メカ好きの父は自動車部隊、どちらも当時は稀有な選択、同年代であり自宅も近くいろいろ情報交換したらしい・・・戦争が終わり平和になった頃、ようやくこの話ができるようになったと父から聞いた、特に晩年。

 ・家族、国を守るため飛行機部隊を選択、その頃既に滅私奉公の精神をお持ちであったことが容易に想像できる。

 ・父がお付き合いさせて頂いた影響だろう、筆者は幼少の頃から何かとご指導頂いた。

 ・又、御子息と筆者は同年でもあり竹馬の友、現在もお付き合いが続いている、遊びが多いが(苦笑)。

 ・お元気であった2、3年前、ご夫婦と共に観劇でご一緒させて頂いた時の楽しそうなお姿、料亭のうんちく等・・・いろいろ思い出される。

 ・氏は誠実そのもの、大変気さくで親しみ易かった、枚挙に暇がない。

☆ 氏は大変な苦労人であった、このことを知る人は少なくない。 昭和34年の伊勢湾台風で家族を亡くされた、悲しみの中先頭に立ち町の復興に尽力されたと聞く。 のち社会的な議論となった長良川河口堰建設推進の原点は、家族を災害から守りたいという愛。 併せて‘輪中の郷’など各施設の建設により、文化の香り豊かな街への変貌・・・日本一安全で住みよい街になってきた、只管滅私奉公された氏のお陰。 2年先に逝った父と俗社会の懐かし話をするのだろうか?天国をさらによくする努力をされるのか?これからは共にゆっくり休んで頂きたいと願う -合掌- (1008.10.26 桑名市民会館にて)。

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